こんにちは、個別指導ネクスタ大分 明野校の丸井です。
今回は歴史の勉強の仕方について考えてみましょう。
歴史は好き嫌いによってかなり差がつく科目なのではないかと思います。
歴史が本当に好きな生徒は日頃から趣味感覚で勉強している感じですし、
嫌いな生徒はテスト期間になってやっと嫌々勉強し始める感じですね。
中間テストが終わりましたが、テスト期間中にも
歴史を勉強したくないという生徒がちらほら・・・
本当に歴史嫌いな人へ今日はポイントを一つお話しします。
時代の変わり目をしっかり勉強しよう!
縄文時代から令和まで全ての時代を順番通りに言え、
移り変わりをしっかり把握していますか?
言えない人はちょっとピンチ!(結構いると思います)
今すぐ覚えましょう!
と言っても、歴史が嫌いな人がすぐに覚えられるわけもなく・・・
まず、おおまかに4つに分けて覚えてみましょう!
1、縄文~弥生~古墳
2、飛鳥~奈良~平安
3、鎌倉~室町~戦国~江戸
4、明治~大正~昭和~平成~令和
なぜ、このように分けるかというと・・・
私が小学生の頃から自然とこのように頭の中で整理していたからです(笑)
(私が小学生の頃は平成はありませんでしたが・・・)
そして、時代の変わり目が歴史を勉強する上で非常に重要になってきます。
例:平安時代の始まり~794年、桓武天皇が都を平安京に移す
→ここから鎌倉幕府が成立するまでの約400年間を平安時代と呼びます。
なぜ都を移したのか?← ここに疑問を持ちましょう!
平和な世の中で何も問題がなければ都を移す必要はないですよね?
現在に置き換えると首都を東京から他の都市に移すことです。
とんでもない出来事ですね。
なぜ都を移す必要があったのでしょう?
1、奈良時代、聖武天皇が仏教の力により伝染病や災害などの不安から国を守ろうとした。
2、そのため奈良時代の後半には仏教勢力が力を持つようになり、政治に口を出すようになったため、貴族との間で勢力争いが激しくなり、政治が混乱した。
簡単に書くとこんな感じです。(めっちゃ詳しく書きたいのですが、今日はこのへんで)
桓武天皇は仏教勢力に力を持たせないために、平安京に新しく寺を建立することを禁止したりもしています。
そして、この平安京は現在の京都市の礎になっています。
京都市の中枢が平安京跡にすっぽり入ります!
平安京は1467年の応仁の乱でほとんど灰になってしまいましたが、当時使われていた道は今でも名前を変えて多く現存しています。
歴史はつながっていますね!
※正確には平城京→平安京ではなく、784年に長岡京(京都府)に一度移っています。(10年間)
他の時代も変わり目というのは様々な出来事があり、登場人物も多いです。
時代の変わり目の出来事と登場人物だけの年表を作ってみるのも、
頭の中を整理するには良い方法だと思います。
それだけでも歴史の流れがかなり把握できるはずです。
簡単でもいいので、一度作ってみましょう!
作り方が分からなければ、聞きに来てくださいね。